
1986年以来続いてきたウガンダ北部の紛争に、やっと真の平和が見えてきました。
2月23日、2006年夏から続いていた和平交渉において、やっと両者の間で本格的な合意にいたったようです。
そのニュースを聞いた直後から、過去の経緯から考えて(過去何度も和平交渉は決裂)、いつその吉報が覆されるかとビクビクしていたのですが、一週間以上たった現在も政府とLRAの間で着々と和平に向かい様々な取り決めが粛々と続けられているようです。
20年以上続いた紛争が生み出した「社会のひずみ」や「人々の心の傷」は簡単には癒えないため、まだまだ問題は山積みですが、とにかく貴重な一歩であることは間違いないでしょう。
どうか今後も、両者の間に決定的な亀裂が入らないまま、復興への道を進んでもらいたいと思います。

前回のエントリーで「ケニア大統領選挙の年は…」など書きましたが、とてもそんな次元では語れないほど悲惨な事件が各地で起きているようです…。
初めて私がケニアに足を踏み入れたのは1995年。
以来12年間、ケニアでの主立った取材はしていませんが、通算で6ヶ月以上は滞在しています。
情報収集や様々なコーディネート、そして他の取材地から帰ってきたときの安息の地として、首都ナイロビは私にとって大切な町の一つです。

そしてそれがエスカレートし、キバキ氏とオディンガ氏の出身民族間で大規模な争いに発展した結果、政府発表でさえ500人の死者を出し、25万人近くの国内避難民を生み出してしまいました。
話はケニアだけに留まらず、東アフリカの玄関口として重要な役割を果たしていたケニアの治安が悪化し経済活動が麻痺したことにより、海を持たないウガンダ・ルワンダなどでもガソリン不足などの問題が顕在化してきたようです。

日本人の友人は、大変な中メールをくれたり、ご本人のブログなどで安全を確認できましたが、ケニア人の友人・知人には連絡の取りようがありません…。
本来ならこのようなときにこそ飛んでいき、現地で起きている事実を伝えるのが仕事なのに、諸々の事情で日本を離れられないのが不本意でなりません…。
心の底から、一刻も早く沈静化してくれることを願います。
昨日の「New Vision」(ウガンダの新聞)オンライン版で、1986年から現在までにウガンダ北部で誘拐された子どもたちの数がWorld Development Reportにより発表されたとの記事がありました。
ユニセフによる「25000人」というのが今まであげられていた代表的な数字でしたが、今回発表されたのは倍以上の「少なくとも66000人」とのこと。
ユニセフが発表している人数は、現地で取材すればするほど計算があわず、昨年の取材時にその疑問を「World vision」の代表に投げかけてみたところ、彼の考えも私と同様「25000人は少なすぎる」というものでした。
その後、二人でお互いの持つ情報を基にずいぶんと話し合った結果「ある程度多く見積もって、4万~5万人ほどではないか」との結論に達しました。
しかし、今回の発表はそれを遙かに超える人数でした…。
昨年夏から始まった停戦の話し合いも遅々として進んでおらず、まだウガンダ北部に本当の平和がくるまでには残念ながら時間がかかりそうです。