
前回のエントリーで「ケニア大統領選挙の年は…」など書きましたが、とてもそんな次元では語れないほど悲惨な事件が各地で起きているようです…。
初めて私がケニアに足を踏み入れたのは1995年。
以来12年間、ケニアでの主立った取材はしていませんが、通算で6ヶ月以上は滞在しています。
情報収集や様々なコーディネート、そして他の取材地から帰ってきたときの安息の地として、首都ナイロビは私にとって大切な町の一つです。

そしてそれがエスカレートし、キバキ氏とオディンガ氏の出身民族間で大規模な争いに発展した結果、政府発表でさえ500人の死者を出し、25万人近くの国内避難民を生み出してしまいました。
話はケニアだけに留まらず、東アフリカの玄関口として重要な役割を果たしていたケニアの治安が悪化し経済活動が麻痺したことにより、海を持たないウガンダ・ルワンダなどでもガソリン不足などの問題が顕在化してきたようです。

日本人の友人は、大変な中メールをくれたり、ご本人のブログなどで安全を確認できましたが、ケニア人の友人・知人には連絡の取りようがありません…。
本来ならこのようなときにこそ飛んでいき、現地で起きている事実を伝えるのが仕事なのに、諸々の事情で日本を離れられないのが不本意でなりません…。
心の底から、一刻も早く沈静化してくれることを願います。
