
現在、午前5時…。 もちろん準備は終わっていません。。
今回の日程は10月8日から11月9日まで。 【取材予定地】 ウガンダ(10月9日~19日) ルワンダ(10月20・21日、11月上旬) DRコンゴ(10月22日~11月上旬) の予定です。
日本にいるときとは違い、現地ではこまめに更新しますので、どうぞお時間がある時にでも覗いてください。


日本にいるときとは違い、現地ではこまめに更新しますので、どうぞお時間がある時にでも覗いてください。


数時間前に無事、ウガンダ北部最大の町グルに到着しました。
が、今日はラマダンあけですべてが休み。さらに明日は土曜日。
予定が大きく大きく狂いました。
グルの町は見違えるほど発展しているのですが、通信事情はなぜか悪化。
まず最初に、昨年ビジネスセンターがあったアチョリインというホテルにチェックインをしに行ったのですが、PCが壊れたとのことでビジネスセンターは物置になっていました。
そしていまこれを接続しているインターネットカフェも、町の一部が停電中のため電力はジェネレーター頼みという危うさです。
首都カンパラからの道中何枚か写真を撮ったので、明日にでも改めてアップします。
ではでは、取り急ぎ無事到着のご報告まで。
今日は土曜日。
昨日のラマダン明けによる休日に続く3連休の中日です。
当初の予定では、昨日グルに到着後、関係各所に来週の取材アポイントを取り、その後長年通っているNGOから昨年撮影させてもらった子どもたちの現在の所在を聞き、この週末に写真を手渡しに行くとともに近況を聞かせてもらおうと考えていました。
しかし予定外の3連休。
毎度のことながら、なかなか予定通りには進まないものですね。
まあこのアバウトさに何度も助けられ、さらにそのアバウトさが私にとっては居心地が良いのも、アフリカを好きな理由の一つなので、勝手なときばかり文句はいえません。
ということで、昨日グルに来るまでの道程を紹介します。







続く~もうすぐ店が閉まりそうなので






一昨日の夜、無事に到着し今私はルワンダにいます。
ルワンダも一年ぶりなのですが、相変わらず町はきれいで首都キガリは昨年よりも一層近代化が進んだように思います。
ゆっくり町を見て回ったり、9年前から取材させてもらっている戦災孤児のコロンベ(勝手に自分の娘だと思っています)にも会いに行きたいのですが、本日よりDRコンゴのゴマという町に移動するため、楽しみは今月末か来月初頭にキガリに戻ってからにします。
友人に確認したところ、DRコンゴからもネットにつなげるとの事なので、次回はゴマの町から。
無事にDRコンゴの東部に位置する町「ゴマ」に着き、UNHCRの協力を受け取材中です。
ゴマは1994年のルワンダ内戦時に逃げ込んだ多数の難民がキャンプを作り、その治安維持のために日本の自衛隊が派遣された場所でもあります。
いまそのゴマを含めDRコンゴ東北部で、豊かな地下資源を巡りいくつもの武装組織が関与した複雑な紛争が行われています。
ゴマの町は非常に平和で活気に溢れていますが、周囲の県ではまだ戦闘が頻発しています。
本来はもっと詳しく説明しなければならないのですが、ちょっと文章を書いている時間がないので、取り急ぎ写真だけアップします。
内容に関しては、落ち着いてから紹介します。







25・26日とマシシという町に行ってきました。







マシシからの帰路、標高2050メートルの町で出会った景色です。
まるで山々が白いシルクを纏ったようで、非常に幻想的でした。
しかし残念なこととに同地域は戦略上の要所であるため戦闘が頻繁におこり、現在はゲリラ軍が支配しています。

ゴマ近郊にあるブヒンバIDP'sキャンプに取材に行きました。
ゴマから車で20分ほど西に行った所にある同キャンプには、8月末の戦闘によりルチュル(先日私も取材に行った)から逃げてきた国内避難民が2500人ほど暮らしています。






食糧配給が行われるということで、昨日はラクベルIDP'sキャンプに行ってきました。昨年ウガンダ北部でも食糧配給を取材しましたが、避難民の人たちにとって食糧配給は死活問題であるため、人々の目がとても真剣で時には怒声も飛び交っていました。
すでに言い古された言葉ですが、水と食べ物の大切さと重要さを改めて考えさせられました。






